『AFTERNOON TEA JOURNAL』は、心の贅沢を愉しむ方々をゲストにお招きし、生活をちょっと豊かにするアイデアやインスピレーションをお届けするライフスタイルメディアです。
6人目のゲストは、歌とアニメーションで世界の美術作品を紹介するNHK Eテレの人気番組『びじゅチューン!』を手がける、アーティストの井上 涼さん。2025年8月6日(水)に、Afternoon Tea LIVINGとの初コラボレーション・コレクションが発売されるのを記念しての登場です。誰もが知る古今東西の有名作品をモチーフに、ポップな絵柄・奇想天外な歌詞・忘れられないメロディーを駆使して大胆にアニメーション化した作品が、世代や性別を問わず多くのファンの心をとらえています。第2回目は『びじゅチューン!』誕生エピソードをご紹介。番組プロデューサーの倉森京子さんと二人三脚で歩んできた番組の歴史の冒頭を振り返ります。
『びじゅチューン!』誕生の背景には、『日曜美術館』など数々の美術番組を手がけるプロデューサー・倉森京子さん(NHK エデュケーショナル)が長年抱え続けてきた忸怩(じくじ)たる思いがありました。美術館や展覧会を訪れる人はとても多いのに、こと美術番組となるとなかなか見てもらえず、視聴者層の拡大はとても難しい……もっとビビッドに視聴者の心に刺さる美術紹介番組を作りたいとさまざまなアプローチを試みるも、決定打に至れず、試行錯誤ばかり続けていたのだそうです。
そんななか、2012年放送のNHK Eテレ『テクネ 映像の教室』で井上さんと出会います。クリエーターの卵や初心者向けに映像制作のさまざまなノウハウを伝える番組。井上さんの作品『さようなら忍者A』(2011年)を観た倉森さんは、「プロジェクション」技法の回の「テクネトライ」のコーナーで、作品の制作を彼に依頼します。
「私は『小人ピザ』という作品を作りました。ちょうど夏休みの時期で、倉森さんが実家に帰省した際、『小人ピザ』をチェックする隣で一緒に観ていた当時小学生の姪御さんが、私の歌を2回ほど聞いただけで覚えて口ずさみ出したのを見て、とても驚いたのだそうです。その後の打ち上げで再会した時、倉森さんが『あなたの歌、もう覚えちゃったの! 小人ピザ〜♪』といって、隣にいた岡本美津子さん(『テクネ映像の教室』プロデューサー/東京藝術大学大学院映像研究科教授)と一緒になってフルコーラスを歌い踊り出したんです。偉い人ふたりにいきなりグイグイと距離を詰められ、私は恐れのあまり固まるのみでした」
その後、倉森さんは『びじゅチューン!』プロジェクトに本格着手。2012年夏、井上さんは、トライアル番組として『委員長はヴィーナス』(モチーフ:サンドロ・ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」/イタリア・ウフィッツィ美術館蔵)・『風神雷神図屏風デート』(モチーフ:俵屋宗達「風神雷神図屏風」/京都・建仁寺蔵)を制作。その後、冬に再度トライアル番組を制作し、2013年4月からのレギュラー番組化が決まりました。
「すごくおもしろいものができたが、こんなに大胆な作品を放送したら、美術の専門家はどう受け止めるだろうか」という不安が拭えなかった倉森さんは、大学の恩師で、当時の京都国立博物館館長だった日本美術史家の佐々木丞平さん(現:京都大学名誉教授)に『風神雷神図屏風デート』の視聴をお願い。円山応挙研究の大家として知られる佐々木さんから満面の笑顔で「いいねぇ〜!!」と絶賛され、「少なくても1年は続けてもよさそうだ」と手応えを感じたといいます。
「佐々木先生から太鼓判をいただいたというお話を聞いて、とても心の支えになりました。一般の視聴者からの反響もたくさんありました。誰だかわからない人が変なアニメを作り、抑揚のない感じで歌ってしゃべっているスタイルが『なんだこれ? なんだこいつ?』というインパクトを与え、『なんだかおかしいけれどクセになる』という評価を得たというふうにとらえています。さまざまな人にいろいろな意味での“違和感”を残せたのがよかったようです」
そうして倉森さんと井上さんが出会ってから1年半後、2014年4月から『びじゅチューン!』はめでたくレギュラー放送がスタート。井上さんは勤めていた会社を辞め、アーティストとして創作活動に専念することを決意します。
「アーティストとして私がもともと持っている創作のモチベーションに『世間の人々にもっと美術を見てほしい』という視点や考え方はありませんでした。他の人の作品を扱うのはとても怖いことですし、アニメや歌を作るのは本当に大変で、膨大な思考や手間や時間がかかります。TV出演で露出が増えると、私に対する世間の見え方は急速に変わっていくのだろうという恐れもありました。でも『みんなが観て、聴いて、楽しい作品を作ろう!』という根本的な考えはブレませんでしたし、今もまったく変わっていません。さまざまなゆらぎを感じながらも、既存の美術作品をもとに新たな作品を創る『びじゅチューン!』のスタイルは、私にとって新しい視点をもたらしてくれた貴重な存在です」
次回、連載第3回目では『びじゅチューン!』制作の舞台裏に迫ります。
特に、モチーフとなる作品の選定・分析・創作手法など、井上さん流の作品との向き合いかたについて
詳しく語っていただきましたのでお楽しみに!