『AFTERNOON TEA JOURNAL』は、心の贅沢を愉しむ方々をゲストにお招きし、生活をちょっと豊かにするアイデアやインスピレーションをお届けするライフスタイルメディアです。
6人目のゲストは、歌とアニメーションで世界の美術作品を紹介するNHK Eテレの人気番組『びじゅチューン!』を手がける、アーティストの井上 涼さん。2025年8月6日(水)に、Afternoon Tea LIVINGとの初コラボレーション・コレクションが発売されるのを記念しての登場です。誰もが知る古今東西の有名作品をモチーフに、ポップな絵柄・奇想天外な歌詞・忘れられないメロディーを駆使して大胆にアニメーション化した作品が、世代や性別を問わず多くのファンの心をとらえています。第1回目は、2013年8月の放送開始から12年目を迎えた彼のライフワークともいえる『びじゅチューン!』の魅力についてご紹介します。
NHK Eテレの『びじゅチューン!』は、世界の美術作品をユーモラスな歌とアニメーションで紹介する独創的な美術番組。2025年8月で、レギュラー放送が始まってから12年目に突入しました。
作品のモチーフは、「日本の絵画」「世界の絵画」「立体物(彫刻や建造物、歴史的遺産等)」の3ジャンルから選定。ジャンルや時代が偏らないさまざまな美術作品を題材として、1分半前後のオリジナルアニメーションを制作。2025年6月現在、最初に制作した『委員長はヴィーナス』(モチーフ:サンドロ・ボッティチェッリ『ヴィーナスの誕生』/イタリア・ウフィツイ美術館蔵)から、最新作の『おろおろギタリスト』(モチーフ:ジョルジュ・ブラック『ギターを持つ男』/フランス・ポンピドゥーセンター蔵)まで全132曲をラインナップ。井上さんは、アニメーション・作詞・作曲・歌唱すべてをたったひとりで担当する脅威のパワークリエイターです。
井上さんの手にかかれば、人間も動物も静物も植物も風景も自然現象も、美術作品に登場する主題たちがまるで生命を宿したかのようにイキイキと動き出し、あっという間にオリジナルストーリーの主人公に! 「真珠の耳飾りの少女」(ヨハネス・フェルメール)は昼は司書・夜は怪盗というふたつの顔を持つミステリアスな女性に、「太陽の塔」(岡本太郎)は悩める生徒を支える頼もしき保健室の先生に、「風神雷神図屏風」(俵屋宗達)はドライブデートを楽しむ社内恋愛中のラブラブカップルに、「貴婦人と一角獣」の“ユニコーン”は貴婦人がやらかすミスをただひたすら謝るしもべに。大胆に翻案されていますが、もとの作品への敬意を最大限に抱きながら「こういうキャラ、いるいる!」「 こういうシチュエーション、あるある!」と深く共感せずにはいられない不思議な魅力をたたえています。美術作品と現代生活が巧妙にミックスされためくるめく井上ワールドに、誰もが共感しムムムと唸らされるのです。
力強い筆致の輪郭にふちどられ、カラフルな彩色を施されたキャラクターたちが織りなすアニメーションは可愛くも破天荒。シンプルでキャッチーなメロディーは、一度耳にすると脳裏にこびりついたように離れなくなります。素朴ともヘタウマともとれる井上さん独特の歌声と、コーラスバージョンでの重厚な男声合唱がしっかりと楽曲を固め、時折ユーモラスな合いの手を交えながらも荘厳なムード漂う完成度を誇ります。かように『びじゅチューン!』作品群は、ユニークな構成要素が絶妙なバランス感覚でガッチリと結合し、視聴者をぐっとひきつけて記憶にしっかりと刻まれる、れっきとした現代アート作品なのです。
『びじゅチューン!』の視聴者は、モチーフとなる美術作品に対する井上さん独自の視点とユニークな解釈で作られたアニメーション作品群が、あまりに自由であることに驚くことと思います。しかし一方で、敷居が高いもの・高尚なもの・難解なものと敬遠されがちな美術を、自分自身の感性で自由にとらえ、あれこれ考えながら我流で楽しむことこそが大切なのだという勇気を私たちに与えてくれます。『びじゅチューン!』は、友達のように「びじゅつ」と親しむ方法を教えてくれる、画期的な番組なのです。
「『切り口が奇想天外』とよくいわれますが、美術に対する苦手意識は、突拍子もないくらいのヒネリを加えないとなかなか壊れません。作品と鑑賞者の間の高い壁を、少し変わった発想で払拭する必要があります。たとえば『土偶迷路』(モチーフ:遮光器土偶/青森県亀ヶ岡出土・東京国立博物館蔵)では、土偶・迷路・文化祭という、一見何の共通点もないような異なる3つの要素をくっつけています。モチーフとなった遮光器土偶の表面にあしらわれた縄目模様がぐるぐるしていて、まるで迷路のようだと感じました。この模様に飛び込んだらどうなるかしら? 迷路といえば学校の文化祭でよくやる催しだな、学校といえば過去作品からヴィーナス委員長を登場させたらおもしろくなるかも?……とどんどん想像をふくらませていき、ストーリーを作っていきます。『モチーフとなる美術作品の世界を私たちの日常生活に落とし込んで楽しく感じてもらいたい』という願望が常にあるんですよね」
『びじゅチューン!』各作品の舞台には、学校・会社・家庭など、私たちが毎日多くの時間を過ごしているおなじみの環境が設定されています。私たちの暮らしのなかに「びじゅつ」との接点を見出し、その存在を身近に感じとることができれば、より親近感をもって作品に接することができるようになると、井上さんは語ります。
「番組には、美術に苦手意識を持つ人にも楽しんでほしいという大きな目標があります。そのため私は、モチーフとなる作品を決めたら、『この作品の魅力をぜったいおもしろく紹介するぞ〜!』と、さまざまな角度から観察と分析を始め、ふくらませられそうな要素を見つけます。そして鑑賞する人が作品の中に入っていけるような工夫を凝らします。キャラクターが作品の中にピョーンと飛び込んでいくような描写が多いのはそのためです。私たちと一緒に作品の世界観を楽しんでもらえるきっかけとなればうれしいです」
次回、7月16日(水)に公開する連載第2回目は、『びじゅチューン!』誕生秘話についてご紹介。プロデューサー・倉森京子さんと二人三脚で歩んできた歴史の冒頭エピソードをあれこれ振り返ります。お楽しみに!