『びじゅチューン!』コーラスバージョンを手がける作曲家・吉岡弘行さん(中央)と男声コーラスグループ・ジョリーラジャーズのみなさん。コーラス収録時は井上さんも必ず立ち合うそう ©JOLLYROGERS

『AFTERNOON TEA JOURNAL』は、心の贅沢を愉しむ方々をゲストにお招きし、生活をちょっと豊かにするアイデアやインスピレーションをお届けするライフスタイルメディアです。

6人目のゲストは、歌とアニメーションで世界の美術作品を紹介するNHK Eテレの人気番組『びじゅチューン!』を手がける、アーティストの井上 涼さん。2025年8月6日(水)に、Afternoon Tea LIVINGとの初コラボレーション・コレクションが発売されるのを記念しての登場です。誰もが知る古今東西の有名作品をモチーフに、ポップな絵柄・奇想天外な歌詞・忘れられないメロディーを駆使して大胆にアニメーション化した作品が、世代や性別を問わず多くのファンの心をとらえています。第4回目は『びじゅチューン!』制作の舞台裏に迫る第2弾、とりわけ楽曲制作について深掘りします。

ワンパターンに陥らないために。
時代ごとに世界中のヒット曲を
追随する不断の努力

一度聴いただけで「耳に残る」「頭から離れない」「中毒性が高い」「つい口ずさんでしまう」と評判の『びじゅチューン!』の楽曲は、作詞・作曲・編曲・歌唱をすべて井上さんがひとりで手がけています。驚くべきはその曲調の豊かさで、ポップス・ロック・ジャズ・クラシック・R&B・ヒップホップ・ダンス・ワールドミュージック・演歌など、世界中に存在するあらゆる音楽のジャンルを網羅したかのような個性的な作品が並びます。番組プロデューサーの倉森京子さんは、まったくパターン化されることなく次から次に新たな楽曲を生み出し続ける井上さんに絶大な信頼を寄せ、その才能こそ、12年間にわたって番組を続けてこられた屋台骨のひとつだと絶賛しています。

「中高生のころ、『ミュージック・ステーション』(1986年〜毎週金曜夜9時放送/テレビ朝日系列)や『HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP』(1994年〜2012年/フジテレビ系列)といった音楽番組が好きだったんです。特に、毎週発表されるランキングで多様な曲が並ぶのが好きでしたし、今も普段からいろんな音楽、特に流行っている曲を聴くようにしています。『びじゅチューン!』を、さまざまな曲調の楽曲がつまったランキングのようなラインナップにするのが理想でした

最新作『おろおろギタリスト』(モチーフ:ジョルジュ・ブラック「ギターを持つ男」/フランス・ポンピドゥーセンター蔵)の収録に臨む井上さん ©NHK•井上涼

「また、私のボーカルは発声可能な音域に限界があるので、曲調にバリエーションを持たせないと、どうしても表現がのっぺりとして似てきてしまいます。自分の作品に幅を持たせるために、毎回異なる表現手法を試して進んできた結果、さまざまな楽曲ができたんだと思います

作品から聴こえてくる音に耳を澄ます。
言葉本来のグルーヴ感を活かした
創作スタイル

『びじゅチューン!』では、モデルとなる作品の解説を歌詞に含めながらストーリーを展開していく必要があるため、井上さんは、歌詞から先行して着手する“詞先”スタイルで楽曲を制作。まず最初に主題をあらわすキーワードをピックアップし、それらの言葉自体に備わるグルーヴ感を探りながら歌詞をつむいでいきます。

「言葉はそれぞれがもともと音程を持っています。語呂を大切にしつつ、「だ」とか「が」とか濁点のついた音をあいだに入れたりして、心地よい響きや、思わず口にしたくなるような響きをつくります。リズムのある言葉を歌詞になるようにつなげていくと、自然とメロディーとしてできあがっていくんです。歌詞とメロディーができたら曲調の方向性も決まりますから、キーボードでコードをつけて、徐々に曲として仕上げていきます」

『びじゅチューン!』人気を不動のものとして決定づけた傑作『何にでも牛乳を注ぐ女』(モチーフ:ヨハネス・フェルメール「牛乳を注ぐ女」/オランダ・アムステルダム国立美術館蔵) ©NHK•井上涼

「モデルとなる作品から聴こえてきそうな音を想像して歌詞やメロディーに生かすこともあります。たとえば『何にでも牛乳を注ぐ女』(モチーフ:ヨハネス・フェルメール「牛乳を注ぐ女」/オランダ・アムステルダム国立美術館蔵)では、ちょっとだけ体を傾けてチョロチョロとミルクを注ぐ絵の中の女性のしぐさを見て『この人は牛乳を注ぎ慣れている!』と思い、社員食堂を舞台に、厨房で働くベテラン調理師と、牛乳をさりげなく注いでどんなランチも好みの味つけにしてしまう女性との対決ストーリーを思いつきました。モデルとなっている女性がたたずんでいる静かな空間を想起させる“さーっ”・“そーっ”といった擬態を歌詞に使いつつ、背景にドゥンドゥンドゥンと重ためのベース音を鳴らしたらおもしろいかも、と思って編曲しました。2018年4月の初回放送直後から当時のTwitter(現X)でケタ違いに多くの反応をいただいたので、びっくりしました」

超個性派ボーカルと相性バッチリ!
楽曲に圧倒的品格をもたらす
最強の男声コーラス

『びじゅチューン!』は、井上さんのソロバージョンと、音楽家・作曲家の吉岡弘行さんが編曲を担当し、男声ア・カペラコーラスグループ、ジョリーラジャーズによる合唱を加えたコーラスバージョンの2パターンと、井上さんによるモデル作品解説パートからなる5分間。吉岡さんはコーラスバージョンの編曲にあたり、コード進行に支配されることなく、印象に残るわかりやすいメロディーとベース(リズム)ラインで骨太に構築されている井上さんの楽曲を、コーラスで支えるべきパートが明確に見えてアイディアが湧きやすいと称賛しています。

吉岡さんが大のお気に入りだと語る『写楽式洗顔』(モチーフ:東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」/東京国立博物館蔵)。男声合唱によるバックコーラスのあらゆる技法がてんこ盛りで聴き応えたっぷり! ©NHK•井上涼

「これまで制作した全132作品をもれなく吉岡先生にコーラスバージョンを作っていただいているのですが、毎回すごくすてきなハーモニーをつかって仕上げてくださるので、私自身とても楽しみなんです。ジョリーラジャーズのみなさんによるコーラス収録現場にも毎回立ち合わせていただいていて、コントロールルームから収録の様子を拝見しているのですが、吉岡先生がノリノリで指揮をとられる背中がいつもとても格好いいので、大好きな時間です」

次回、連載第5回目が公開される8/6(水)は
いよいよAfternoon Tea LIVINGとの
コラボレーション・プロジェクトの発売日! 企画・開発にまつわるエピソードや、
井上さんご自身が特にお気に入りのアイテムなどをおうかがいしました。お楽しみに!

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