『AFTERNOON TEA JOURNAL』は、心の贅沢を愉しむ方々をゲストにお招きし、生活をちょっと豊かにするアイデアやインスピレーションをお届けするライフスタイルメディアです。
5人目のゲストは、カリグラフィー・アーティストのヴェロニカ・ハリム(Veronica Halim)さん。クラシック&モダンの両スタイルを融合させた美しいフォルムで紡がれる書体と、文字芸術の枠を超えて次々に創造・提案される斬新なライフスタイリングは“ヴェロニカ・スタイル”として独自の地位を確立し、世界中のフォロワーから熱い支持を集めています。Afternoon Tea LIVINGでは、ショッピングバッグを筆頭とする定番雑貨群に彼女のアートワークを採用。そんなヴェロニカさんの創作活動やキャリア形成に迫る全8回の連載コラムをお愉しみください。第7回目は、アーティストとしての創作活動をはじめ、クライアントワークやワークショップ開催など、ヴェロニカさんが人々に広めていきたいカリグラフィー・アートの魅力と真髄に迫ります。
現代における文字表現はデジタル技術を駆使したレタリングが一般的で、PCやスマートフォンを使えば、誰でも同じフォントでテキストをつづることができますが、手書きによるカリグラフィーに同じものはふたつとして存在しません。ヴェロニカさんはそこに唯一無二の魅力と強みを見い出しています。
「カリグラフィーは感情の芸術だと思っています。インクをつけたペンを紙の上に走らせ言語をつづるというきわめてシンプルな創作スタイルですが、ひと筆ひと筆に書き手のパーソナリティが宿り、独自のリズムを奏でる芸術作品となります。文字そのものの美しさを尊重しながら、書き手の個性とクリエイティビティを発揮する場です。メモや手紙であっても、結婚式の招待状であっても、パッケージに記載されたロゴであっても、カリグラフィーは、書く人が見る人に静かに語りかけながら、人間どうしのつながりを結ぶ架け橋となるのです」
「また、カリグラフィーは“西洋式の書道”といわれますが、日本にも中国にもアラビア諸国にも、書道は古くから伝統芸術として存在し、なかには数千年もの歴史を誇る様式もあります。どの文字も独自のツール・スタイル・表現方法を持っています。いずれの言語にも共通するのは、優美な書体や伝統を守りながら、書き手たちが時代やライフスタイルの変化に合わせて変容させ 今も進化を続けていること。カリグラフィーの核心は、単なる視覚芸術ではなく、時代を超越して人々をつなぎ、人類の進化とともに文化的・精神的・芸術的意義を深めてきた“ヒューマン・アート”ともいえるのです」
カリグラフィーは、私たちが毎日の暮らしで何気なく使っている“文字”によるアートだからこそ「日常生活上のあらゆる要素がそのインスピレーション源になり得ます」と語るヴェロニカさん。たとえば、建物のファサードや壁・床・ライトといったインテリアを見たり、自然や植物に触れたり、まだ訪れたことのないカフェやショップ、美術館やギャラリーなどに足を運んだり、旅先で異文化を体験したり……好奇心をもって眺めてみると、私たちの生活は創作のヒントであふれているようです。
「大切なのは『新しい発見に気づく』だけでなく、それらをどのように吸収し、自分の中で組み合わせ、新鮮で意義のあるものとして変換し、創作としてアウトプットしていくかということ。私の場合、常にさまざまなものから刺激を受け、時間の経過とともにその影響をすべて織り交ぜ、作品として昇華させています。私自身がストーリーテラーとなって、日常の美しさや静かな発見といったひとつひとつの瞬間を積み重ねることで、視覚的な物語を構築しているような感覚です」
もちろん、カリグラフィーを芸術作品として確立させるためには、ヴェロニカさんのように、古典芸術に関する造詣を深め、練習を重ねて“美しくつづる”技術を磨き続けることが不可欠。そうした基礎力に、日常から得られたさまざまなヒントを加えて独自のセンスで再解釈し、感情を素直にペンにのせ、楽しみながらペーパーにつづるのです。洗練されたエレガンスと温かみあふれる情緒をともに備えたヴェロニカさん独自の作風は、日々の暮らしに対する豊かな好奇心と多角的な視点から生まれています。
カリグラフィーを愛する同志を増やし、その素晴らしさを共有するため、2014年から、活動拠点であるジャカルタをはじめ、日本全国各地・シンガポール・ソウル・メルボルンなど、世界中のさまざまな都市で精力的にワークショップを開催しているヴェロニカさん。生徒たちと触れ合うたびに、さまざまな発見があると語ります。
「ワークショップでは、創作への深い情熱を持ったたくさんの人々に会うことができますし、新しい友人を作る大切な機会でもあります。誰もが自分の手で作品を生み出すことにとても熱心で、教える側の私を奮い立たせてくれるんです。特に、日本でのセッションはとても刺激的! 参加者はみな驚くほど謙虚で思慮深く、細部にまでこだわるので、教えがいがあります。何度も通ってくださるリピーターも多いですね。何年も前のワークショップでお渡しした見本やオリジナルバッグ、小さな記念品などを大切にお持ちいただく方のお気遣いにはとても感動しますし、趣味の枠を超えてカリグラフィーをスモールビジネスにまで発展させる方もいます。みなさんがカリグラフィーを通じてご自身の創造性を毎日の暮らしに織り込んでくださる様子が印象的で、とてもやりがいを感じます」
また、より多くの人々が日常生活の一部としてカリグラフィーを取り入れ、より楽しめるようにと、これまで3冊の本を出版。『カリグラフィー・スタイリング』(2017年)・『カリグラフィー・ライフスタイル』(2020年)の2冊に続き、今年の4月には、それらをよりわかりやすくまとめたダイジェスト版として新著『カリグラフィー・ライフ&スタイリング』(2025年/すべて主婦の友社刊)が発売されたばかりです。
「2017年に私が初著『カリグラフィー・スタイリング』を出版するまで、カリグラフィーに関する書籍はアカデミックで専門的なものが多く、日常生活にどのように応用できるかを提案する本はなかったんです。せっかくカリグラフィーを学んでも、文字を書いて作品にするだけに留まる人が多かった。カリグラフィーには実にさまざまなスタイルがありますし、いずれも豊かな表現力を持っていて、遊び心にあふれたとても多彩なものばかりですから、無限に応用できます。技巧的である必要も、完璧である必要もありません、このシンプルで美しいアートフォームを好きになっていただき、楽しみながら毎日の暮らしに取り入れることができるんだという可能性を伝えたいと思いました」
自身の著作が世に出て以来、カリグラフィーの楽しさやライフスタイル志向の側面を探求する関連書籍がぐっと増え、手応えを感じているとうれしそうに語るヴェロニカさん。カリグラフィーを愛するコミュニティが成長し、誰にとってもより身近なアートになるプロセスを見守るのはとてもエキサイティングなことだそうです。
次回、2025年6月25日(水)に公開される連載第8回目は
いよいよ最終回。生成AI技術が台頭し、
クリエイティブ業界を含む社会全体の産業構造が劇的かつ急速に変化するなかで、
カリグラフィーに今後期待される意義や役割を、
ヴェロニカさんと一緒に考えます。お楽しみに!