『AFTERNOON TEA JOURNAL』は、心の贅沢を愉しむ方々をゲストにお招きし、生活をちょっと豊かにするアイデアやインスピレーションをお届けするライフスタイルメディアです。
4人目のゲストは、昨年Afternoon Tea LIVINGとの初コラボレーションを果たした、ロンドンを拠点に活動するスイーツアーティストのKUNIKAさん。競泳選手を目指して水泳に明け暮れた少女時代から一転、パティシエを志して進学し、一流ホテルやヴィンテージショップに勤務。日本初の“スイーツアーティスト”として独立し、人気を博したのち渡英。現地でのパティシエ業やコロナ禍下での結婚・出産を経て、現在は子育てをしながら創作活動に勤しむ彼女の激動の人生を全8回にわたってお届け。第4回目は、イギリスEU離脱直前、パンデミックの真っ最中に結婚し、再びロンドンで暮らし始めたKUNIKAさんの第2ステージを追います。
世界中がパンデミックな中、ブレグジット(EU離脱)直前に再び渡英しパートナーと結婚。結婚した直後の2020年12月、一度は緩和されたロックダウン(都市封鎖)が再開。感染拡大防止のため、不要不急の移動・集会、そして運動・生活必需品の購入・治療目的・在宅勤務できない仕事への通勤以外の外出は禁止という厳しい措置が取られました。レストランやパブ・劇場・映画館・礼拝所・学校などに加え、必需品を販売していないすべての店舗が閉鎖。KUNIKAさん夫妻もステイホームによる新婚生活を余儀なくされます。
「この時期、自宅でお菓子づくり、特にアイシングクッキーを作る人が一気に増えたように思います。でも、肝心の自分自身の創作に対するモチベーションは一向に上がらず、この先どうなるのかまったく見通しが立てられずに、将来に対する不安に悶々と悩まされました。ロンドンに来たばかりのころ以上に低迷していたかも。夫の仕事復帰が早かったので、日中はいつも家にひとり。毎週日曜日の夜、Instagramでアイシングクッキーを作りながらおしゃべりをするライブ配信の時間が、日本語でフォロワーのみなさんと交流できる、唯一の息抜きでした」
ロックダウンは5月まで続きましたが、春を迎えて暖かくなり、行動制限が少しずつ緩和されるにつれてKUNIKAさんも徐々に浮上。結婚して家族を持ったことで地に足がつき、ロンドンでもスイーツアーティストとして活動していくにはどうしたらよいか考えあぐねていた矢先、なんとなく眺めていた求人サイトで、アフタヌーンティーで有名な人気レストラン『sketch(スケッチ)』の求人広告を発見します。
「もともと『sketch』のいちファンとしてお店に通っていたのと、“週4勤務・週3休日”という条件が目に飛び込んできました。創作活動に費やせる自分の時間を確保しながら働けるというのが理想の条件だったからです。しかし当時の私にとって、パティシエとしての再就職はとても勇気が必要なことでした。以前の職場である『PEGGY PORSCHEN』はカジュアルなカフェ。一方『sketch』は高級店ですので、マンダリンオリエンタル東京を思わせる規模の大きさのキッチンや、一流のパティシエたちが集う厳しい職場環境であろうと容易に想像できました。10年以上もブランクがあるうえ、アーティストとしての活動期間を経て再び本格的なパティシエ業に復帰したところで、きちんと仕事ができるのか、厳しい環境に適応できるのか、とても怖かった。 『とりあえずやってみて、難しかったらまたその時考えればいいや』と流れに身を任せてみることにしたんです」
『sketch』のキッチンは、フランス人シェフのピエール・ガニェール氏を筆頭に、さまざまな国籍や年齢のスタッフたちが働くダイバーシティ空間。KUNIKAさんは、アフタヌーンティーやパーラーのケーキ製作を担当。いざ勤め始めてみると、1日10時間以上労働が当たり前(繁茂期には14時間以上も!)で、毎日が残業続き、休憩はわずか30分程度。世界中からゲストがやってくる壮麗でモダンなレストランという美しい表の顔とは裏腹に、世間一般の労働推奨基準を完全に超越したなかなかハードな職場環境だったそうです。
「いちばん若手がやるような仕事を自ら率先してやったりして、初心に返って働くことを心がけるうちに、任せてもらえる仕事も少しずつステップアップしていきました。いちばんつらかったのは、ロッカールームとキッチンの往復移動です。エレベーターのない古い建物だったため、地下1Fから地上3Fまで人がすれ違えないほど狭い階段を何度も階段を上り下りする毎日。入社して初めてのクリスマスシーズンなど、14時間労働の末に疲れきって重たい体を引きずるように息を切らして階段を上りながら、『私、何やってるんだろう』と自然と涙が頬を伝って流れるなんてこともありました」
働き始めて2年目の春、めでたく妊娠が発覚。妊娠初期特有の体調不良に見舞われるなか、さまざまな食材のにおいが満ちるキッチンでの長時間労働は非常につらいもので、かかりつけの担当医師から診断書を発行してもらい1カ月ほど休職。安定期に入ってからは会社と交渉し、時短勤務シフトへの変更に成功します。
「時短といっても10時間労働が7時間になっただけなのですが、それでも『やったー! 早く帰れる!』とうれしくて。上司のなかに4人の子どもを持つシェフがいたのもラッキーでした。『KUNIKAに重たいものはなるべく持たせないように』と気遣ってくださり、同僚たちも協力してサポートしてくれたのが本当にありがたかったです」
1年で最も忙しいクリスマスシーズンが再びやってくるのを前に、KUNIKAさんは産休を取得し、夫とともにロンドンで出産することを決意。2023年2月に無事、男子を出産します。3歳以下の子どもの保育料が非常に高額なロンドンで、子どもを預けてすぐに職場復帰することは難しいと判断したKUNIKAさんは子育てに専念するべく『sketch』を退職します。
在職中、常日頃から「自分の作品を『sketch』に残したい」と野望を抱いていたというKUNIKAさん。激務の合間や産休中に展示用のデコレーションケーキを自主制作し「よかったら飾ってください」と都度納品していたそう。そんなKUNIKAさんのもとに、長年の願いと努力を結実させるような超ビッグオファーが舞い込みます。
「2023年5月に開催されるチャールズ3世国王とカミラ王妃の戴冠式に合わせて、ロンドン中のレストランが祝賀デコレーションでお祝いすることになり、『sketch』のミシュラン三ツ星レストラン『the Lecture Room and Library』に展示するケーキ製作を私に依頼してくださったんです。歴史に残る世紀の瞬間をお祝いできるチャンスなんて一生に一度あるかないかですから、もちろん快諾しました。依頼が来てから納品までの期間は10日間!一晩でデザインを描き上げ、授乳の合間や子どもが寝ている間を製作時間にあてて夢中でコツコツ取り組み、完成させました。街全体をあげて新国王誕生をお祝いするなか、自分の作品がその一端を担ったことをとても光栄に感じ、胸が熱くなりました」
無事に大役を務めあげたKUNIKAさんは、憧れの『sketch』でパティシエとして復帰し、働けたことをとても誇りに思っているそう。
「バラエティドキュメント番組『セブンルール』(フジテレビ系列/2023年放映当時)に取材していただいた時に、キッチンで働く自分を映像に記録として残せたこともうれしかったですし、旅行会社のHISとコラボして実施したツアー『ロンドン散歩』では、店内をめぐる撮影を許可していただいたり。『sketch』では、パティシエとして働く以外にも、さまざまな取り組みに協力していただき、本当に感謝しています。仕事でつらい時期があったとしてもそれには意味があり、あとになって『やってよかったな』と思える瞬間が必ずくることを学びました。この先、どんな困難をも乗り越えて前に進める力をもらったような気がします」
次回、4月9日(水)に公開予定の連載第5回目では、
ロンドンでの出産・子育て事情について
(ちょっぴり)赤裸々に語っていただきました。
お楽しみに!