『AFTERNOON TEA JOURNAL』は、心の贅沢を愉しむ方々をゲストにお招きし、生活をちょっと豊かにするアイデアやインスピレーションをお届けするライフスタイルメディアです。
4人目のゲストは、昨年Afternoon Tea LIVINGとの初コラボレーションを果たした、ロンドンを拠点に活動するスイーツアーティストのKUNIKAさん。競泳選手を目指して水泳に明け暮れた少女時代から一転、パティシエを志して進学し、一流ホテルやヴィンテージショップに勤務。日本初の“スイーツアーティスト”として独立し、人気を博したのち渡英。現地でのパティシエ業やコロナ禍下での結婚・出産を経て、現在は子育てをしながら創作活動に勤しむ彼女の激動の人生を全8回にわたってお届け。第3回目は、日本での活動にひと区切りをつけ、海外に拠点を移して新境地に挑んだKUNIKAさんの軌跡を追いかけます。
ファッション誌のプロップ製作や特集ページの監修、書籍出版、企業やブランドとのコラボレーション・プロジェクト、百貨店のウィンドウディスプレイ監修に、個展でのファンとの交流。スイーツアーティストとしてのキャリアを順調に、無我夢中でまい進していたKUNIKAさんですが、20代後半にさしかかるころ、しばしば無力感に襲われるようになったといいます。
「大好きなお仕事ばかりやらせていただいて、楽しくて仕方なかったのですが、だんだん疲弊していく自分を認識するようになりました。『一度断ったら次はないかも』というフリーランスゆえの恐怖心から仕事を詰め込んでしまったり、クライアントの要求と自分の希望とのギャップに悩んだりするうちに、自分が本当に作りたいものがよくわからなくなってしまったんです。『自分が持っているものはすべて出し切った、創作や制作が嫌いになる前に、いったんすべてをリセットしてみよう』と思い始めました」
もともとヨーロッパへの憧れが強かったKUNIKAさんが新たな拠点として注目したのがイギリス。特定国籍を持つ18〜30歳の若者を対象とし、最長2年間の就労や就学が可能なユース・モビリティ・スキーム・ビザ(Youth Mobility Scheme Visa/YMS)という制度に応募。超高倍率の完全ランダムな機械抽選を見事に制し、2年間のイギリス生活のチケットを手にします。
「これまでさまざまな運命に導かれて仕事をしてきましたが、YMS当選の知らせを見た瞬間、不思議と『転機のタイミングなんだろうな』とストンと腑に落ちました。新天地でゼロから新たな一歩を踏み出したいという気持ちが強く、手元に残していた作品はすべて自分の手で処分し、何も持たず、ほぼノープランで、友達も知り合いもいないイギリスへと旅立ちました」
当面3カ月間を過ごすホームステイ先と語学学校だけを定め、完全に手探りでのロンドン生活をスタートさせたKUNIKAさんの前に、言語・文化・生活サイクルなどあらゆる違いが高い壁となって立ちはだかります。物価高の大都会ロンドンで生活費を賄うための働き口として、唯一関心のあったカップケーキショップ『PEGGY PORSCHEN(ペギー・ポーション)』に履歴書と著書を送りますが、音沙汰はなく、徐々に追い詰められていきます。
「『うれしい・楽しい・がんばる!』の連続だった日本での刺激的なアーティスト生活とは正反対に、同じ時間・同じ満員電車に乗って、先生も生徒も同じ顔ぶれで授業を受け、家と学校を往復するだけの毎日をだんだんつまらなく感じるようになってしまいました。自分で決めてロンドンにやってきたのに、バスに揺られながら雨に濡れるロンドンの街並みを眺めては『ここで何をしているんだろう』とため息ばかり。抜け殻のような状態でした」
英語もわからず、頼れる友達もできず、大好きなお菓子も作れない。異国の地で十分な呼吸ができずにパクパクとあえぐような苦しい毎日を送っていたKUNIKAさんにやっと光がさしたのは2カ月後。『PEGGY PORSCHEN』のヘッドシェフから待望の採用メールが届きました。語学学校を辞めてパティシエとして再び働き始めるようになると、灰色だった生活に色彩が戻り始めます。
「マンダリンオリエンタル東京と比べるとはるかに小さなキッチンでしたが、とても多国籍な同僚たちとともに、私は“日本代表”という気分で、カップケーキやクッキーやケーキを作りました。日本で身につけたパティシエの技術が、英語に不安のある私のコミュニケーションを大いに助けてくれましたし、チームワークで働く喜びを再確認することができました。『自分の作ったお菓子で喜ぶお客さんの笑顔を見ながら働きたい』という、パティシエを志した当初の念願も果たすことができて、とてもうれしかったです」
『PEGGY PORSCHEN』勤務を通じてパティシエとしての自我を取り戻したKUNIKAさん。生活が安定していくなかで、“空っぽになった自分を新たなインスピレーションで満たす”という渡英の第1目標を果たそうと、旅行欲が最高潮に! 最初は休日を利用して弾丸で、そしてついには退職し、ヨーロッパ中を旅する大冒険へと出かけます。
「『働いて得たお金はすべて経験に使おう!』 と決め、日本にいては訪れることが難しそうなマイナースポットを中心に、イギリス滞在中の2年間で合計23カ国を訪れました。まるで絵本のような可愛らしい世界観を持つポーランドのザリピエ、すべてが青で彩られたモロッコのシャウエン、隅々まで街歩きが楽しいポルトガルのポルト……どこもかしこも忘れられません。長年憧れ続けた場所に実際に足を運んで、その国の言葉に耳を委ねながら、自分の目で見て、肌で空気を感じて心に抱いた感情は、何にも替えがたい財産となって、今の創作活動に影響を与え続けてくれています」
旅人となり半年ほど経って、英国滞在のビザが残り8カ月を切ったころ、『PEGGY PORSCHEN』から、新たにオープンする2号店のオファーが届きます。KUNIKAさんに託されたポジションは、“シアターペストリーシェフ”という、ガラス張りのキッチンで、大勢のギャラリーに見守られながらパティシエの仕事ぶりを発揮するという、極めてユニークなものでした。
「季節のモチーフをカップケーキにのせてデコレーションしたり、シュガーペーストを使ってクッキーに絵柄を描いたりする、お菓子の仕上げ作業を担当しました。お客さまが楽しみながらお菓子を食べている様子を間近で見ることができましたし、仕事中の様子を記念撮影していただいたりして交流も生まれ、とても楽しく幸せな時間でした。『カフェで働きたい!』という長年の夢の集大成のようでした」
また、2号店ではうれしいことに、ホールスタッフとして働いていた現パートナーとの運命の出合いを果たします。
「アルバニア出身でギリシャ育ちの彼は、私にないものをたくさん持っている人でした。YMS期間が終了して日本に帰国してからもずっと遠距離恋愛が続いていて、日本とイギリスを行ったり来たりする日々。私が日本で本格的にアーティスト業を再開するなら、彼に来日してもらって一緒に暮らすしかありませんが、彼もロンドンで仕事を持っています。イギリスで外国人どうしのカップルである私たちふたりがずっと一緒にいるためには、EU離脱前に、当時の制度を活用して結婚するしか選択肢がありませんでした」
そうしてイギリスがEUを離脱をする2020年12月末を目前にふたりは国際結婚に踏み切りますが、時を同じくして世界は新型コロナ禍下へと突入。パンデミックによる不安定な国際情勢と厳しいロックダウン規制のもと、ロンドンでの波乱の新婚生活がスタートします。
次回、4月2日(水)に公開予定の連載第4回目は、KUNIKAさんのロンドンライフストーリー第2弾。
新型コロナ禍がもたらした悶々期を抜け、アフタヌーンティーの名店『SKETCH LONDON(スケッチ・ロンドン)』でのパティシエ業再開や、ロンドンでの出産を経て3人家族となるまでのプロセスをお届けします。お楽しみに!